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大学入試直前講座 『古文のツボ』 其の十
「入試のための仏教思想 2」 〈功徳・極楽往生〉 

いよいよ入試問題の核心部をついていきます。「この世(現世)」でおこる事は、すべて「さきの世(前世)」からの因縁と考えられていました。それを「契り(ちぎり=前世からの因縁)」「業(ごふ=その因縁によって現世でおこること)」といいます。「契り=夫婦の縁」がよく問われますが、「夫婦の縁」だって、すべて前世からの因縁なのです。

で、この世に生きて、さんざん苦しみ、悲しみをあじわった、人は来世に救いを求めるのでしたね。来世で幸せ(善果)になるためには、この世で善い行い(善因)を積んでおかなければなりません。その「幸せになるための善い行い(善因)」を功徳(くどく)といいます。

 

功徳(くどく)=将来、幸せをもたらすための善い行い。

 

具体的に「功徳」を見ていきましょう。貧しい者がいたら施(ほどこ)しをする、金品を出して僧侶に経をとなえてもらう、これらを「布施(ふせ)」といいます。または自ら勤行(ごんぎょう=仏前で経をとなえる)する、仏道修行(しゅぎょう)する、これらは「行ひ」、入試ではお約束の最重要単語ですね。で、なんといっても、最大の「功徳」は、俗世間との縁(知人、親類、親子、夫婦、兄弟、全ての縁)を断ち切って、一心に仏に仕える、つまり「出家」することです。出家は最高の功徳、「幸せ貯金」は満額です。さあ、自分が読んできた古文の文脈を思い出してください。ひどい苦しみ、悲しみにあう、あるいは、自分の死をさとる、するとすぐ「出家、出家」と言い出すのは、来世にそなえて功徳を積むためなのです。生きている間に何か悪いこと(悪因)をおかすと、また生まれ変わって苦しみ(悪果)をあじわいます。一生を通して苦しみ、悲しみをあじわった(悪因の借金をチャラにした)、何も悪いことをしていない、そして、たくさん功徳を積んだ人はもう生まれ変わる必要はありません。そのような人はどこに行くのでしょうか?

「天国」と答える受験生がいますが、それはキリスト教。「極楽浄土(ごくらくじょうど)」に行くのです。極楽に生まれ変わって、仏のもとでいつまでも安楽に暮らすのです。生まれ変わって「苦」をあじわわなくてもよいのです。苦しみ、悲しみ、死のストーリー展開は行き着くところ「めざせ極楽!」なのです。で、設問になるというわけ。

 

三世

前の世  →  この世  →  後の世

前世             現世             来世

 

悪因      →    悪果(苦しみ)

 

              善因(功徳)   →   善果(幸せ)…最上級=極楽往生

              ・「布施」…貧しい者に施しをする。金品を出して僧に経をとなえさせる。

              ・「行ひ」…仏道修行する。勤行する。

              ・「出家」…俗世間との縁を断ち切って、一心に仏に仕える。

 

↓  ↓  ↓

                因果応報

 

これが「因果応報」思想の全体図です。これで古文で差をつけることができますよ。「出家」については、後に詳しく述べます。

ちなみに、「出家」をただの「家出」と勘違いしている人がいますが、それは奇跡的な誤解というものです。いくら「プチ家出」を積み重ねても、それは「功徳」にはなりません。仏道修行しないと…。
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【2007/01/30 13:45】 | 古文のツボ | トラックバック(0) | コメント(0)
大学入試直前講座 『古文のツボ』 其の九
「入試のための仏教思想 1」 〈因果応報・三世〉 

最初にことわっておかなければなりません。私は仏道のドシロウトです。その上で、古文読解のためにどうしても必要な仏教思想について述べたいと思います。平安から、特にも中世、たまに近世の文学作品の背後に流れている仏教思想について理解していれば、試験において圧倒的に有利です。ヨーイ、ドン。他の受験生と同じスタートをきっても、スタートラインがすでに違っています。早稲田大学、上智大学など、設問の対象にもよくなります。とにかくおさえなければいけないのは「因果応報(いんがおうほう)」思想です。

 

因果応報…「因」=原因。「果」=結果。「応」=漢文の再読文字「まさに~べし」。「報」=「むくゆ」

「因と果とは応に報ゆべし」=原因と結果とは必ず報いるはずのものである。

 

悪因悪果(悪い原因は悪い結果をもたらす)、善因善果(よい原因はよい結果をもたらす)、が仏教思想の根幹です。そこで出てくるのが「三世(さんぜ)」の思想です。前の世(さきのよ=前世)→この世(現世)→後の世(のちのよ=来世)です。生きとし生けるものは全て、生まれ変わりをくりかえして「苦」をあじわいます。赤ちゃんは生まれると「オギャーオギャー」と泣く、それは「この世に生まれてきて苦しいよー」といって泣いているのだ、生まれて苦しい、年老いて苦しい、病んで苦しい、死ぬとき苦しい、四苦(しく)=生(しょう)老(ろう)病(びょう)死(し)、文字どおり「四苦八苦」しながら一生を終えるのですね。「生きるとはすなわち苦なり」というのが仏教思想の基本です。なぜ苦しむのか?それは前世で悪い行い(悪因)をしたからなんですね。人は一生をとおして苦しみ(悪果)をあじわい、前世の悪因を帳消しにしていきます。まあ、悪因の借金を返す発想なんです。生きるにあたり、なんてネガティブな思想でしょう。

それに対して、一生が苦しみの連続、だったら人は当然、救いを求めますね。「来世では何とかして救われたい」(古文では「後の世はいかですくはれむ」と展開して口語訳が問われるポイントです)と、来世に望みをたくします。来世で幸せ(善果)になるためには、生きている間に善い行い(善因)を積んでおかなければなりません。いま、一つでも善い行いをしておけば、それが来世でハッピー(善果)となっておとずれる。まあ、来世にそなえて善因の貯金をする発想です。死をむかえるのに、なんてポジティブな思想でしょう。だって、苦しい一生は終わって、ようやくハッピーになれるから。かといって自殺はいけません。最後まで生ききってきちんと苦しんで借金を返さないと、また来世に借金が残ってしまいますからね。

 

三世(さんぜ)


 

前の世(さきのよ) → この世       → 後の世(のちのよ)

  前世                 現世                  来世

 

  悪因              → 悪果(苦しみ)

 

                      善因                → 善果(幸せ)

 

                 ↓     ↓     ↓

          

               因 果 応 報

 

「三世」の「さきの世」「のちの世」が問われます(上智が出している)。また傍線部適訳の問題、選択肢を消すネタで使えます(早稲田で出している)。どうです?よくでてるでしょう。「さきの世」だから前にある方(来世)、「のちの世」だから後ろの方(前世)とまちがえないようにしましょう。(…というとひっかかるんだな、これが…)
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【2007/01/29 19:30】 | 古文のツボ | トラックバック(1) | コメント(0)
センター試験 的中!!

 

センター試験 的中!!

 

1月11日『古文のツボ』其の七、で書いた「当意即妙」がドンピシャ!出ましたね。
第三問・古文の傍線部B、和歌の解釈。問4の選択肢3「当意即妙」が正解、選択肢4「臨機応変」がひっかけになっていました。多くの受験生がひっかかったと思います。このブログを読んでくれた受験生のみんなは当然、0.5秒で正解肢を見つけたことでしょう。具体的に問題を見てみましょう。

 

傍線Bの和歌

初霜も置きあへぬものを白菊の早くもうつる色を見すらん


語釈

~あへず…~しきれない。ここでは、まだすっかり初霜も降りきっていない状態。

うつる…なんであれ、移り変わること。ここでは「色あせる・花が枯れる」の意。

らん…原因推量・疑問語「など・なに」等の省略。「どうして~しているのだろうか」

 

問4

選択肢3 正解

描いた白菊を姫君がすぐに塗りつぶしてしまったことに対して、「初霜もまだ降りないのに、どうして白菊は早くも色変わりしているのだろうか」と、当意即妙に詠んだ。

選択肢4 ひっかけ

白菊を黒い色に塗り替えた姫君の工夫を理解して、「初霜もまだ降りないけれども、庭の白菊は早くも枯れそうな色に染まってしまったようだ」と、臨機応変に詠んだ。

 

どんなもんです?ちなみに、私は出題にいっさいかかわってはおりません。

で、せっかくですから「和歌ってわかんない」シリーズの最後をしめましょう。

 

移る・移ろふ(ほぼ同じ意味)…なんであれ、移りかわること。

1.(花について)美しく色づく・色あせる・散る・枯れる

2.(特にも女性の)容色がおとろえる

3.(特にも男女の間で)心変わりする

 

何だろうが、かんだろうが、移り変わることをいいますが、和歌で用いられる主な意味は上記の三つです。掛詞ではありませんが(別々の語をかさねるのが掛詞)、二重の意味(=double meaning)でよく用いられます。1.2.の組み合わせ(小野小町の「花の色は移りにけりな~」等)もありますが、入試においては、1.3.の組み合わせがよく問われます。『古文のツボ』其の五、で書いた「かる」「あき」と同じような文脈で用いられます。和歌ではありませんが、『古今著聞集』にある今様(七五調四句)を見てみましょう。

 

文脈…美しい北の方(=正妻)、自分の夫があまりにブサイクで愛情がさめ、夫に冷たくする。そこで夫が詠んだ今様。

 

ませのうちなる白菊も   うつろふみるこそあはれなれ

われらがかよひて見し人も   かくしつつこそかれにしか


掛詞…男女の別れの文脈を受けて、「かれ=枯れ・離れ」の掛詞。

口語訳…垣根の中にある白菊も色あせるのを見るのは悲しいものだ。(白菊のように美しい妻の心変わりも悲しいものだ)。この私が通いつめて結婚したあの人の心も、こうして菊が枯れるように私から離れていったのだなあ。

 

「男がかよってこない→待つ女が恨みがましい歌を詠む」の逆パターン(情けない)。その結果は?もうわかりますね。妻の愛情がもどって二人は幸せに暮らすのです。

「うつる・うつろふ=心変わりする」は本当によくきかれますよ。

ちなみに、昨晩、地元、亀戸の寄り合いで、落語家の三遊亭花楽京(はならっきょ)さん(「エバラ焼肉のタレ」のテレビCMに出ておられる方)とご一緒し、「ダジャレ」のプロにうかがうのは恐縮だったのですが、「掛詞」について相談してみました。江戸時代は気のきいた洒落(しゃれ)の言える男がモテた、というところで話が落ち着きました。江戸時代のモテ男くんは、朝っぱらから「布団がふっとんだ」とか言っていたんでしょうね。

 
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【2007/01/22 19:58】 | センター試験的中!! | トラックバック(1) | コメント(0)
大学入試直前講座 『古文のツボ』 其の八
「和歌ってわかんない 8」 〈文学史〉

センター試験直前、「和歌ってわかんない」の仕上げに、和歌にまつわる文学史、「八代集」をやっておきましょう。

「勅(ちょく)」(帝の命令)によって撰集(せんしゅう=選んで編集)された和歌集を「勅撰(ちょくせん)和歌集」といいます。「古今集」から「新古今集」まで(ちょうど三百年はなれている)の八つの勅撰集を「八代集」といいます。「八代集」はとにかく頻出、その成立順序が問われるので、ここでおさえておきましょう。ちなみに『万葉集』は最古の歌集ですが、勅撰集ではないので注意しましょう。

 

  「八代集」

〈平安〉

・古今(こきん)和歌集(九〇五)

・後撰(ごせん)和歌集(九五一)

・拾遺(しゅうい)和歌集(一〇〇五)

・後拾遺(ごしゅうい)和歌集(一〇八六)

・金葉(きんよう)和歌集(一一二七)

・詞花(しか)和歌集(一一五一)

・千載(せんざい)和歌集(一一八七)

〈鎌倉〉

・新古今(しんこきん)和歌集(一二〇五)

 

ゴロで覚える「八代集」

古今 ゴシュゴシュ金曜しか洗剤使えないよ 新古今。

とおぼえましょう。ゴ(後撰)シュ(拾遺)ゴシュ(後拾遺)金曜(金葉)しか(詞花)洗剤(千載)です。『新古今集』のみが鎌倉時代であることに注意しましょう。

 

 『古今和歌集』

【勅を発した帝】

・ 醍醐(だいご)天皇(「延喜(えんぎ)の帝」などと呼ばれる。)

【撰者(せんじゃ=編集者)】

・紀友則(きのとものり)

・紀貫之(きのつらゆき)(「土佐日記」作者、「古今集」の序文、「仮名序(かなじょ)」を書いている)

・凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)

・壬生忠岑(みぶのただみね)

【主な歌人】 〈六歌仙(ろっかせん)=『古今集』を代表する六人の歌人〉

・在原業平(ありわらのなりひら)

・小野小町(おののこまち)

・大伴黒主(おおとものくろぬし)

・喜撰法師(きせんほうし)

・僧正遍昭(そうじょうへんじょう)

・文屋康秀(ふんやのやすひで)

【ポイント】

一番きかれる文学史事項。勅を発した醍醐天皇が問われます。

撰者四人、六歌仙六人、どちらもきかれますが、選択肢は常にこれらをゴッチャにして出してくるので、撰者と六歌仙はきっちり覚え分けておきましょう。

とにかくきかれるのが紀貫之の「仮名序」です。和歌は人を幸せにする力がある、という文脈には何度かふれてきましたね。

「力をも入れずして天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせ、男女の中をも和(やは)らげ、猛(たけ)き武士(もののふ)の心をも慰(なぐさ)むるは歌なり」

ホラ、古今の「仮名序」は、当時の和歌に対する価値観を要約してくれています。説話、歌論など、和歌のすばらしさを言うときに「仮名序」が引用され、設問になる、といったパターンです。とにかく一番出る!


 

『後撰和歌集』

【撰者】

・「梨壷(なしつぼ)の五人」と呼ばれた撰者達の中に清少納言の父、清原元輔(もとすけ)がいる。

【ポイント】

「清少納言→枕草子」をつっこんでもしょうがない、清少納言をつっこむなら、父・元輔が問われます。で、『後撰集』もつっこまれるというわけ。

 

『千載和歌集』

【勅を発した帝】

・後白河(ごしらかわ)院(「今様(いまよう)」〈七五調四句形式の歌謡〉を主に集めた『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』編集)

【撰者】

・ 藤原俊成(としなり)(「五条三位(ごじょうのさんみ)」と呼ばれた。歌論に『古来風体抄(こらいふうていしょう)』がある)

【ポイント】

「このような形式の歌を何というか→今様(歌)」というのがきかれます。七五調四句って、ほとんどの校歌がそうでしょ?なじみ深いところでは阪神タイガースの「六甲おろし」、もとをたどれば「今様」なんですね。『梁塵秘抄』は意外によく出題されているので注意が必要です。

五条三位は和歌の神様、古文の中でよく引き合いに出される人物です。で、『千載集』がつっこまれます。

 

『新古今和歌集』

【勅を発した帝】

・ 後鳥羽(ごとば)院

【撰者】

・藤原定家(さだいえ)(藤原俊成の息子。歌論に『近代秀歌(きんだいしゅうか)』『毎月抄(まいげつしょう)』がある)

【主な歌人】

・ 西行(さいぎょう)(『新古今和歌集』の中で歌数が一番多い。家集(個人の歌集)に『山家(さんか)集』がある。

【ポイント】

とにかく西行がきかれます。全文学史の中で一番きかれるのではないでしょうか。西行は日本の詩歌におけるアイドルなんですね。

ちなみに、定家の歌論もよく問われます。定家の歌論は「きんた」「ま」、とおさえるとよいでしょう。でも、決して声には出さないで下さい。
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【2007/01/19 15:06】 | 古文のツボ | トラックバック(2) | コメント(0)
大学入試直前講座 『古文のツボ』 其の七
「和歌ってわかんない 7」 〈和歌評価〉 

今回のテーマは和歌の評価です。和歌をめぐるコミュニケーションには以下のパターンが考えられます。

 

・「贈答歌」・・・歌を詠みかけられたら必ず返歌でこたえる。和歌は二つでワンセット、という展開。

・「連歌」・・・上の句(五七五)を詠みかけられたら相手は下の句(七七)をつけなければならない。その反対、下の句(七七)を詠みかけられたら相手は上の句(五七五)をつけなければならない、もあり。

・「題詠」・・・何か題を与えられて、それについて和歌を詠む。だいたい目上の者が「○○を題にて歌つかうまつれ」→目下の者が和歌を詠む、といった展開。題が掛詞になる場合が多い。

 

いずれにせよ、和歌をめぐるコミュニケーションにおいて、和歌が評価される条件は以下の二点です。

 

1、すぐに詠む。

2、与えられた題、おかれた状況を巧みに歌に詠みこむ。

 

で、先にも見てきたとおり、和歌が評価されると「かづく(四段・下二段)」、愛するものが帰ってくる、といった展開をみせるわけですね。和歌が評価される文脈をよく注意してみてください。「やがて」「ほどなく」「~するより、」(すべて「すぐに」の意)といった表現がだいたいあるはずです。贈答歌なら相手の和歌を、連歌なら相手の上(下)の句を、題詠なら題をふまえているはずです。もし掛詞が問われたなら、まっ先にこれらをさぐってみるべきです。で、さらにレベルをあげますよ。これら二点を一語にまとめれば「当意即妙」です。

 

和歌評価=当意即妙(すばやく機転をきかせて、その場にうまく対応すること)

 

とおさえましょう。受験生の多くが気づいていないし、またそれについて指摘している参考書もあまりありません。が、実はよく出題されています。しかも配点が高い。ほとんどの受験生は何がきかれているかもわからずボンヤリ解答していますね。「なぜ帝にほめられたのか」「なぜ罪が許されたのか」「なぜほうびをもらったのか」「なぜ男は帰ってきたのか」、バリエーションはさまざまでしょうが、「メデタシ、メデタシ」になった理由が問われているのです。和歌をめぐる文脈である以上、必ず「和歌」について述べている選択肢を選ばなければなりません。上記の二点が書いてあるか、あるいは選択肢の中にまんま「当意即妙」とあります。国立大学受験者など、記述解答の場合は、上記の二点を文脈に即して書いてもよし、あるいはどんなに字数が長かろうが、「当意即妙」の一語を入れて解答文を書けば、満点をもらえるでしょう。頻出して配点が高く、おさえるべき点は一点「当意即妙」…オイシすぎると思いませんか?まもなくセンター試験ですが、出るといいですね。

ちなみに、「臨機応変」と間違える人がいます。「臨機」はよいとして、「応変」はまずいだろうと思います。

   世の中はすむとにごるで大違い

     ハケに毛がありハゲに毛がなし

「変」な歌もあるでしょうが…。
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【2007/01/11 09:50】 | 古文のツボ | トラックバック(3) | コメント(0)
大学入試直前講座 『古文のツボ』 其の六
「和歌ってわかんない 6」 〈歌論用語〉 

『歌論』とは、和歌についての評論文、中世の頃さかんに書かれました。ちなみに早稲田大学や上智大学でよく出していますし、センター試験においても出る可能性、大です。「歌論用語」とは歌論でよく用いられる用語ですが、歌論にかぎらず『枕草子』などにもよく出てきます。いわゆる重要単語ではないのですが、本文中にあると必ず問われます。和歌をめぐる文脈においては最重要単語なのです。

 

【和歌の指示語】

 

五七五                       /    七七

 ↑                            ↑

 本(もと)=上の句     末(すゑ)=下の句

 

五七 七七

    ↑

   腰(の句)=第三句

 

「本」「末」「腰」は和歌の指示語の三点セットです。とにかく出ます。出題パターンは、単純なものだと口語訳を問います。ひねりが入ると、「本(末・腰)とは具体的に何か、本文中から抜き出しなさい」というもの。わかっている人は和歌だけ見て機械的に解答するだけです。わかっていてない人は本文を最初から読み直して、おそらく間違えます。時間と点数と両方失ってしまうのですね。つまり、和歌の指示語が問われて本文をたどった時点でその人はアウト、配点は2、3点かもしれませんが、タイムロスによって配点の高い問題も落としてしまう可能性がありますね。結局は5点10点の開きにつながっていきます。オソロシや…。

ちなみに、「腰」について、

腰折れ(歌)下手な歌(上の句と下の句がうまくつながっていない下手な歌)

もよく問われるのでおさえておきましょう。と、早稲田などはかな書きの可能性がありますから、かなで書かれた時にもきちんと指示語をひろえるようにしておくこと(「もと」「すゑ」「こし」と書かれると意外にわかりづらいものです)。

 

【その他の歌論用語】

(せん)=大事なところ、眼目。…歌論にかぎらずよく問われます。

節(ふし)=和歌の一節。

景気(けいき)=和歌によって心に浮かぶ景色。…ちょっとマニアックです。

 

とにかく「本末腰」はよく出ます。なかなか覚えられない人は人体をイメージしてみてはどうでしょう。

                   五 

                七

   →  五

                 七

                  七 

ほら、ちょうど体の真ん中にあたる部分、第三句目が「腰」になっていますね。まれにズボンをズリ下げて第四句あたりに「腰」がきている人がいますが、そのような人はとりあえずズボンを上げることが先決でしょう。
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谷村 長敬(たにむら ちょうけい)

Author:谷村 長敬(たにむら ちょうけい)
1965年生まれ。立教大学大学院修士課程修了。在学中、赤坂憲雄先生に師事。院生による共著に『「注文の多い料理店」考』。お茶の水ゼミナールで国語全般担当。テキスト(現代文・古文)、小テスト(年間3000点分)の作成にたずさわる。2006年、「ワークショップ フットプリンツ」創業。現代文と小論文を並行して演習する講座をはじめる。趣味はスキー。

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