大学入試の国語・小論文
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大学入試 基礎講座 『受験生の心がまえ』 其の七
「模試の受験 2」

模試の利用法について、中身を見る、とはいうものの、どのように見ればよいのでしょうか?基本的には三つのカテゴリーに分けて、具体的にマーカーなどで色分けしてみるとよいでしょう。

 

一、やったよ。出たよ。点数にしている。これが理想です。古文、漢文に関してはこのパターンを目指すこと。

二、解答解説を読んでもわからない、ということは、当然、時間内に解くことは不可能。自分の目指す大学のボーダーが六割五分だとしましょうか。ということは三割五分は捨ててもいいわけです。「捨てるべき問題」にいたずらに時間をかけていなかったか?部分にしがみついていては結局ボーダーの点数まで取り逃がしてしまいます。

三、「やったよ。出たよ。点数にできなかったよ。」「ココに時間をかけていれば点数にできたのに・・・」と、ここを見きわめるのが、模試の復習のミソです。その点数、何点になりますか?その点数こそが、これからの数ヶ月でものにできる(ものにしなければならない)点数です。その点数を自分の実際の点数にたしてボーダーラインを越えるようなら、合格の可能性、ありありですね。足りないようなら、人一倍勉強するか、あるいは志望校そのものをかえる必要があります。

 

模試は、最短時間でボーダーラインに達する道筋を教えてくれています。満点はいらないでしょ?取るべきはボーダーラインの点数なのです。それなのに、多くの受験生が満点をかせぐような勉強をしていますね。いわゆる「完璧主義」ってやつです。このような勉強はやってもやってもキリがありませんよ。

ボーダー六割五分、今の点数が五割、だったら、残り数ヶ月は一割五分の点数をかせぐ勉強をすればよいのです。

 
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【2007/09/30 23:02】 | 受験生の心がまえ | トラックバック(0) | コメント(0)
大学入試 基礎講座 『受験生の心がまえ』 其の六
「模試の受験」

受験生のみなさま、十二月までの模試の計画はバッチリ立てていますか?

学校でやるからイヤイヤ受けるとか、いきあたりばったりはいけません。自分にあった模試の計画をきちんとたてて、計画的に受けましょう。

「もう少し力をつけてから…」

なんてためらっていると、受ける模試がなくなってしまいますよ。積極的にガンガン受けてください。九~十二月初旬まで、月に二回ペース、隔週ぐらいが目安じゃないでしょうか。

前にも書きましたが、模試はオミクジではありません。合格可能性や偏差値はあくまで目安、反省したり、達成感をあじわったり、それはそれでよいのですが、模試は中身をみないといけません。

 

模試は最良のペースメーカーなり!

模試は最良の問題集なり!

 

〈模試の利用法〉

一、ペースメーカーがわりに利用する。

模試の計画をたてたら、「○○模試まで最低限、これだけはやって受けよう!」と、学習計画に組み込んでいきます。ここでのポイントは「最低限」に照準を合わせることです。「最大限」に照準を合わせたら…、大学受験は範囲があってないようなもの、当然、できっこありません。「最低限」に照準を合わせて学習、模試の受験、「やったよ→出たよ!→パッと点数かせぐ」にもっていくのが理想です。かせいだ時間は高配点の問題(センター試験なら問六です)にそそいでいきます。あるいは、現代文など、どうしても時間を取られる読解にまわしていきます。限られた時間内で最善のパフォーマンスを目指してください。

二、問題集がわりに利用する。

普段の問題演習と比べてみてください。模試を受けているときほど集中して取り組んでいますか?他の多くの受験生と机を並べて時間をきって問題を解く、つまり、より実戦に近い形で問題を解いていくわけです。その、いちばん集中して取り組んだ演習をそのまんまにしておくのは本当にもったいない!それなのに、大半の受験生は偏差値だけ見て一喜一憂、あとは机の中のコヤシにしてしまいがちです。もったいなさすぎます。

模試はどのように復習すればよいのだろう?次回のべていきましょう。

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【2007/09/28 16:21】 | 受験生の心がまえ | トラックバック(2) | コメント(0)
現代文・小論文のネタ 其の一
〈地球温暖化〉

受験生、最後の最後は演習量の勝負、現代文・小論文に関して言えば、どれだけ多様な問題点(テーマ)について考え抜いたかが勝負になります。

「でも、読書しているヒマがありません」

当然、聞こえてくる声です。だから、現代文の演習量をガンガンかせいでネタを増やしていくのです。現代文の読解だって「プチ読書」ですから。

「この問題点、前に読んだこと(書いたこと)ある!」

と本番でいえるようだといいですね。

で、あくまでその「補助」として、現代文や小論文によく取り上げられるテーマについて、日々の新聞や雑誌、ブログからホットなものを寄せ集めていきましょう。受験生のみなさんが、勉強の合い間にサクッとつまめるよう、口当たりよく編集していきます。まずは、ホットすぎます、「地球温暖化」について…。本日の『日本経済新聞』より抜粋!

 

千葉商科大学教授 三橋規宏先生

   「人口減の『追い風』生かせ」

 

日本の目標明示されず

 今年二月発表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第四次評価報告は、温暖化の原因が「人的行為の結果」とほぼ断定し、現状を放置すれば、温暖化による気候変動は近い将来、制御不可能な段階に達すると警告している。早急に二酸化炭素(CO2)を中心とする温暖化ガスの排出削減対策の実行が求められる。

 ドイツのハイリゲンダムで開かれた先の主要国首脳会議(サミット)で、当時の安倍晋三首相は、二〇五〇年までに「世界の温暖化ガスの排出量を半減しよう」と各国首脳に呼びかけた。安倍提案は、来年夏の北海道・洞爺湖サミットで検討されることになった。

 だが、安倍提案には、日本の(二〇・・・筆者補注)五〇年の目標値が明示されていない。世界全体の目標値を掲げながら、肝心の日本の目標値を明らかにしないことは、責任逃れとして受け取られかねない。しかも基準年は「現状」というあいまいな表現で、世界の常識になっている一九九〇年基準を避けているのもこそくな印象を与えかねない。さらに(二〇)五〇年の日本の姿についても触れられていない。

 (二〇)五〇年の日本は、人口が大幅に減少した社会で、現在とはかなり違った姿になる。その周辺年の経済成長率も今よりずっと低くなっているはずだ。そうした急激な日本社会の構造変化を考慮すれば、現在と比べ、温暖化ガスの排出量は大幅に減少すると予想される。

 具体的には、(二〇)五〇年までに、(一九)九〇年比で約七〇%削減(CO2濃度を安定させ、温度上昇を二度以内に抑えるために必要とされる削減率)が可能であり、これを日本の目標値として掲げるべきである。(以下、割愛させていただきました)

       『日本経済新聞』2007・9・26、(水) 「経済教室」欄より

 

三橋先生のご意見の面白いところは、「人口減と経済成長率の減速」という、日本の将来について、深刻な社会問題とされているものを逆手にとって、温暖化問題に役立てようという前向きな点です。

ものごとにはだいたい「良い面、悪い面」の両側面があるものです。えてしてマスコミ、政治家は、大衆うけする一面にだけスポットをあてて騒ぎ立てる傾向があります。

「毒をもって毒を制す」

マイナスと考えられている要素も、観点を変えると有効だという、とてもバランスの取れたご意見。その「観点のシフト」の仕方は受験生も参考にしたいところですね。

ちなみに、このてのテーマが小論文で出されると、受験生は必ずといってよいほど「国民ひとりひとりが自覚を持って地球温暖化問題に取り組まねばならない」と、「言語明瞭意味不明」な結論を最後にとってつけたように書いてきます。上記の三橋先生の意見と比べるのは酷かもしれませんが、「国民ひとりひとり」系の意見って、結局何も言っていないに等しいということがわかりますね。

チラッ、となりの答案見れば、ホラ、お隣さんも書いている…ってやつです。

 
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【2007/09/26 19:27】 | 現代文・小論文のネタ | トラックバック(0) | コメント(0)
しり上がり通信 其の十
<夜だって担ぐ>

数年に一度おとずれる大祭、それ以外の年は「陰祭(かげまつり)」、夜にひっそり担ぐところが多いようです。押上(おしあげ)の飛木稲荷(とびきいなり)さまの町神輿を夜に担がせていただきました。

闇の中、ネオンやら信号やらの明滅する中を渡御(とぎょ)する神輿は、さまざまなイルミネーションに映えて幻想的です。ちょっとモダンアートのような感じがします。

神輿につけた弓張提灯(ゆみはりちょうちん)がボンヤリ、闇にうかびあがります。昼の喧騒のなかで景気よく担ぐのも楽しいものですが、夜にじっくり担ぐのも、また楽し。谷崎潤一郎の『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』ではないですが、なにか、こう、闇の中を担いでいると、担ぐ者同士の親密感が増しますね。

おのれは生きてもいるし、また、より大きなモノに生かされてもいる…などと感じさせてくれる深い闇を担いで、ワシワシ、ワシワシ、進んだのでした。


飛木稲荷陰祭 夜の渡御

 
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【2007/09/21 18:13】 | しり上がり通信 | トラックバック(1) | コメント(0)
しり上がり通信 其の九
<牛嶋さまを担ぐ>

九月十五日に押上(おしあげ)の飛木稲荷(とびきいなり)、十六日に向島(むこうじま)の牛嶋神社(うしじまじんじゃ)、平井の諏訪神社(すわじんじゃ)と、連日、亀盛睦会(きせいむつみかい)さんのお世話で、朝も夜もお神輿を担がせていただいたのです。

わたくし、さすがにへばりました。

これも修行と心に決め、体力の続く限り担がせていただいたのです。

中でも、墨田の牛嶋さまは五年に一度の大祭、五十一もの町神輿が出て連合渡御(とぎょ)、壮観でした!朝から夜まで次から次に神輿が宮入りします。いやはや、おどろかされました。「眠れる森の神!」都心の森の中にひっそりと鎮座まします神が五年に一度目覚めるお姿は、まさしく時間と空間を旅する鳳凰(ほうおう)、手塚治先生えがくところの『火の鳥』そのものでした。西欧に伝わるフェニックス神話の具現化、人々に祝福をもたらす来訪神の出現です!

「自己を真空状態にするにしたがって、自分の中に神が入ってくる」

とは、たしか、シモーヌ・ヴェイユの言。

残暑きびしい炎天下、ひたすらお神輿にかじりついて、フラフラになりながら、ふと、空を仰ぐと、稲穂をくわえた豊饒(ほうじょう)をもたらす神が、たしかに、青い空を背景にして飛んでいましたよ…。


牛嶋神社大祭連合渡御


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【2007/09/18 15:54】 | しり上がり通信 | トラックバック(0) | コメント(0)
しり上がり通信 其の八
<神さまを担ぐ! 3>

2005年、八月初めの炎天下、佃島の住吉神社の大祭、八角の宮神輿を追いかけて歩いておりました。

「これは、巨大なメディアだ!」

とは、一緒に祭り見物をしていたW大学の先生の言。

まさしく、的を射た直観。

NHKで、

「つながるテレビ@ヒューマン」とか、

「ご近所の底力」とか、

やたらに「つながり系」の番組をやっていたりして。

携帯電話会社のキャッチコピーも「つながり系」だったりして。

それだけに「つながり」が希薄になっている証拠なのでしょうが…。

でも、「人」と「人」とをつなげっていくのって、テレビなのでしょうか?ケータイなのでしょうか?

表層はつないでも、人間の本質的な部分をつなげることはないように、わたくしには思えるのです。

住吉神社は、海の神さま。陸と海とを媒介します。

そして、共同体の人と人とを媒介します。

さらに住吉さまは和歌の神さまでもあります。なぜに和歌の神さま?

「メディアとしての神」

という友人の言をそばで聞いていた私は、ほんとうに、天啓のごとくに、「神=和歌」ということが腑に落ちました。五臓六腑にしみいって了解されたのでした。

                                                  (つ(づくつづく)

 

広重名所江戸百景『佃しま住吉の祭』

 

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【2007/09/14 20:58】 | しり上がり通信 | トラックバック(1) | コメント(1)
しり上がり通信 其の七
<神さまを担ぐ! 2>

住吉さまの八角神輿を担がせていただくことになったのはよいのですが、わたくし、きいたふうな理屈を言っているわりに、お神輿を担いだことが…ないっ!!ドシロートなわけです。いやはや、オハズカシ。

これはいかぬよ、と、とりあえず亀戸九丁目、ところの浅間神社のお神輿を消防団の先輩にお願いして担がせていただいたのでした。で、香取神社、亀戸天神と、お神輿を担ごうとひとたび心に決めたなら、隅田川沿いはほんとうにパラダイスです。神々が息づいている土地なのです。

で、あちらこちらの神様をへっぴり腰で担いできたわけでした。すると、ところの浅間(せんげん)神社の亀盛睦会(きせいむつみかい)の世話人さんがお誘いくださり、お仲間に加えていただくことになったのでした。

つくづく人様とのご縁はありがたいものだなと思いました。

ムムム…待てよ、と。人様とつながっていく、って言っても、「人の力」でつながったわけじゃない、すべてこれらは「神さまの力」によるものではないか、ムム~、これって、まさしく神のもつ本質的な機能ではありませんか。

中国においては、天と地を媒介する神=竜。天の帝(天帝)の声を地の百姓(ヒャクセイ=庶民)に媒介するのが「天子」である皇帝の役割でした。だから中国では天子さまの紋章は竜なのです。天子が天の声を聞き誤ると、革命(易姓革命)がおこって、天子が変わってきたのでした。

なんて、中央大学で中沢新一先生の講義を受けてきた方などはよく知ってらっしゃるところだと思います。この方たちは「媒介者としての住吉神社」という講義も受けていらっしゃるはずです。講義録として『カイエ・ソバージュ』全5巻(講談社)があります。

先生のご指摘どおり、まさしく住吉の神さまが媒介してくださった、みなさまとのご縁なのでした。「媒介者としての神」を、身をもって証明していたというわけです。ちなみに、佃島の住吉さまのかたわらに、ほっこり、竜神さまをおまつりしてあるのは、人類の記憶の深層とよぶべきものなのでしょうか? 

                                                  (つくづくつづく)

佃島住吉神社大祭大幟


 
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【2007/09/12 18:14】 | しり上がり通信 | トラックバック(0) | コメント(0)
しり上がり通信 其の六
<神さまを担ぐ!>

おのれはなぜお神輿担ぐのか、という問があります。

端的に言えば「共同体と神との関係を知るため」です。しかも、「身をもって」という一言を加えなければなりません。

2005年、隅田川沿いを探索していた私は、隅田川の終点、佃島で、徳川様から下賜されたという大幟(おおのぼり)の柱を立てる場面に出くわします。その大幟は広重の『名所江戸百景』にも描かれているものでした。

で、三年に一度の住吉神社の大祭があると知らされ、ほぼ一週間、密着取材させていただきました。

「美しい!」

そう、ただただ美しかったのです。八角形のお神輿が、まるでワルツでも踊っているかのようにシズシズ、クルクルと路地をくまなく通ってゆきます。その下では単衣(ひとえ)の着物、つまり、ゆかた姿の男たちが楽しげに(あるいは苦しげに)神輿を担いでおりました。

その「美しさ」というか、「高貴な感じ」はどこからくるのだろうと考うるに、行き着くところは唯一つ、「信仰心」です。

「神」がいるから担ぐのか、担ぐから「神」がいるのか…。

デカルトの神の存在証明から「近代」という時代が始まったと、仮に起点を置くなら、佃島の男衆、おそらく、大半が築地の魚河岸をささえてきた方たちでしょうが、彼らはデカルトを笑うでしょう。

「神様の存在に証明なんかいらねえ、担ぐから神様はいらっしゃるのさ…」

なんてね。

当然、「よそ者」である私は指をくわえて見ているよりほか、ありませんでした。

ところが、です。佃島に足しげく通ううち、ひょんな縁から来年の大祭で佃の八角神輿を担がせていただくことになりました。まったく人様とのご縁というものはありがたいものです。

                                                 (つくづくつづく)


                                                
佃島住吉神社大祭大幟柱
 

 
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【2007/09/11 18:56】 | しり上がり通信 | トラックバック(0) | コメント(0)
大学入試 基礎講座 『現代文・小論文の基礎』 其の二十
「接続関係」 〈複数の指示〉

指示語を用いることによって、「論=すじみち」が明らかになる、という話を前回しました。

今回はもう少し難しい、二者を指示する場合の指示語です。

 

~。~。前者(Aを指す)~。後者(Bを指す)~。

 

並列関係(A=B)、対立関係(A⇔B)などを受けて展開していきます。

 

並列関係

。また

…つまり(いいかえ)、前者(A)は~であり、後者(B)は~である。

 

対立関係

。しかし

ではなくて

一方は。他方は

前者(A)が~であるのに対し、後者(B)は~である。

 

展開するパターンは他にいくらでもあるでしょうが、以上が典型的なパターンでしょう。たとえば、

 

デジタル媒体においては、自分が書いた内容を後でいくらでも修正することができるアナログ媒体である自らの手による記述においては、一度書いてしまったら、後から見直して修正を加えることはほぼ不可能に近い。前者は『可逆的』媒体であるのに対し後者は『不可逆的』媒体であるといえよう。」

 

こんな感じで用いていきます。「AB。AB。AB」という、二者が交互に入れかわっていくような「入れ子型」の展開では、「前者/後者」という指示語は非常に有効です。そうしないと、書く方もわけわからなくなっていきますし、当然、読む方もわけわからん、ということになってしまいます。二者の指示語を的確に用いればとてもスッキリします。

「一文は短めに!」ということを述べましたが、「一方では~、他方では~。」「前者は~、後者は~。」といった、文章構造が明確なものは長くなってもかまいません。「主―述、主―述」がハッキリしていますからね。

現代文で指示語の問題にもよくなります。要約問題、説明問題で、「前者/後者」の指示内容がデタラメだったり、指示内容はあっていてもその説明がまちがっていたり、など。本文、選択肢に「前者/後者」があったら指示内容をよく確認してください。

 

以上、二十回にわたって「接続関係」を展開してきました。これらは「論=すじみち」を作っていく接着剤です。プラモデル、家、といった構造体を組み立てるのに接着剤やクギ、ネジが必要なように、文章という構造体を組み立てる上で必要なものです。小論文を演習する際には常に意識して用いるようにしてください。また、これらを自由に使いこなせるようになると、必然的に現代文の成績も上がっていくはずです。

 
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【2007/09/10 13:37】 | 現代文・小論文の基礎 | トラックバック(0) | コメント(0)
大学入試 基礎講座 『現代文・小論文の基礎』 其の十九
「接続関係」 〈単純な指示〉

指示語「それ」「これ」は、いわゆる接続詞ではありませんが、前の文との接続関係を示す上で重要な働きをします。

 

A。「それ」「これ」「そのような」「このような

直前の内容「A」を受け、下文に続ける。

 

指示語は原則、前の内容、それもだいたい直前の内容を受けます(まれに後の内容を指示する場合もありますが)。直前の内容をそっくりそのまま受けて後の文に接続していきますから、「論=すじみち=一本の糸」を断ち切ることなく、スムーズに展開していくことができます。

受験生の小論文、最初の立論が甘いと一文は長くなる傾向があります。「あと何書こうかな?」、「とにかく字数かせがなくちゃ」と考えながら書くためです。何度も言いますが、小論文は考えてから(しっかり立論してから)書くように!考えながら書いてはいけません。考えながら書くと修飾句、特にも連体修飾句(体言=名詞を修飾する句)が長くなっていきます。やってみましょうか?

 

地球温暖化の原因が二酸化炭素の増加にあるということは科学的に証明されたものではないといって二酸化炭素の排出制限に異を唱える科学者の意見が正しいと証明されることにいったい何の意味があるのだろう」

 

科学者」より前がすべて連体修飾になっています。えてして、主語と述語が対応していなかったりします。書いている本人が「主―述」の対応を見失ってしまうのですね。句読点をちょっと工夫し、短文に分けて「指示関係」「接続関係」を明示するとかなり読みやすくなります。

 

「地球温暖化の原因が二酸化炭素の増加にあるということは、科学的に証明されたものではない。それを根拠に二酸化炭素の排出制限に異を唱える科学者の意見もある。しかしそのような意見が正しいと証明されることにいったい何の意味があるのだろう」

 

修飾句を長くしない、「主―述」をきちんと対応させる、つまり読者にわかりやすい文章を書くポイントは、短文に分けて「指示関係」「接続関係」を明示することです。

 

わかりやすい文章の三カ条

一、文は短く、

二、指示語を用い、

三、接続関係を明示する。

 

当然、短ければいいというものではありません。優先順位第一位は「中身」でしたね。

また、現代文、古文、漢文の問題でも指示語の内容がよく問われます。指示内容はだいたい直前にあるはずです。指示する範囲が広ければ、結局は要約力が問われることになります。

小論文できちんと立論し、正しく指示語、接続詞を用いて論述する、ということは、そっくりそのまま現代文の演習を裏側からやっているにすぎないんですね。

 
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【2007/09/09 12:19】 | 現代文・小論文の基礎 | トラックバック(0) | コメント(0)
大学入試 基礎講座 『現代文・小論文の基礎』 其の十八
「接続関係」 〈単純接続〉

単純接続とは、単純な前後関係です。単純接続には「連用中止法」を用いる場合、接続助詞「て」を用いる場合、接続詞「そして」用いる場合、などが考えられます。

 

A。単純接続 B。…時間の前後関係事がらの並列を表現

 

具体例に即して見てみましょう。

 

連用中止法…連用形で文をいったん中止し、順接で下につなげていく用法。

「学校に行き、友達に会い、おしゃべりをする。」

 

・接続助詞「

「学校に行っ、友達に会っ、おしゃべりをする。」

 

・接続詞「そして

「学校に行く。そして友達に会う。そしておしゃべりをする。」

 

と、いずれも機能は同じです。でも、文章のリズムが変わってきます。いわゆる「文体」とは「その人らしさ」の表れですから、一概に規定することはできません。一般的には、


「語句―連用中止―語句」

「語句(長め)―接続助詞『て』―語句(長め)」

「文。―接続詞『そして』 ―文。」


と、長さによって使い分けるとよいでしょう。いずれにしろ、

「AはBだし、CはDだし、EはFだし、…」

と、ダラダラつなげていくのはマズイ。「あと何書こうか…」で、書く。「あと何書こうか…」で、書く。といった結果、文章はダラダラ続いていきます。展開が何にもないでしょ?読むほうは「だから、何が言いたいんだ!」と怒ってしまいますね。

文章を展開するには…?そこで「接続関係」が必要になってくるのです。


・「しかし」…逆接

・「だから」「したがって」…因果(原因/結果)関係

・「つまり」…要約、言い換え


と、この三つの接続関係を用いるだけで、「論=すじみち」は展開していきます。この三つだけでも使いこなせるようにしたいものです。小論文初心者は、論述する際に、毎回「しかし」「だから」「つまり」の三つを使うクセをつけましょう。

さらに、


・「たとえば」…例示

・「A⇔B」…対比、比較


を入れてやれば、どこに出しても恥ずかしくない小論文になります。

た・だ・し。何度も言ってきたとおり、論文は「中身の勝負」ですからね!いくら接続関係を正しく用い、論理(ロジック)を展開したところで、肝心の中身がスカスカではしょうがありません。最後の最後は中身の勝負、「ネタ勝負」です。「でも読書しているヒマなんてないよう!」なんて受験生の泣き声が聞こえてきそうですね。

だ・か・ら。「現代文」なのです。現代文も最後は演習量の勝負!現代文の演習だって「小さな読書」なのです。だから、○×つけて、スルーじゃもったいない。現代文を読んだら必ず要約するクセをつける。で、小論文のネタを増やしていけば、一石二鳥じゃないですか?「現代文」と「小論文」を別々に演習するのはほんとうにもったいないです。「現代文/小論文」を同時並行して演習しようと講座を作ったのはそのためだったんですね。

 
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【2007/09/08 14:39】 | 現代文・小論文の基礎 | トラックバック(0) | コメント(0)
大学入試 基礎講座 『現代文・小論文の基礎』 其の十七
「接続関係」 〈一方/他方〉

話題そのものを転換する、というより、見方を転換していきます。同一の事がらの両側面にスポットライトをあてる表現です。

 

一方では

他方では

 

ここから「A⇔B」の対立関係をひっぱり出し、その矛盾点を批判したりするととてもよいです。評論文ではよく用いられる論理(ロジック)ですね。

 

「高野連は、一方で、高校球児の健全な精神の育成をうたいながら、他方で、球児たちが商品のようにあつかわれている特待生制度を見て見ぬふりをしてきた。その矛盾を棚に上げたまま、全てを学校側の責任とし、野球部の廃止に対しては救済にのりだすという。それはあまりに傲慢な態度といえないだろうか。健全な精神とは、球児たちに求める前に、まずは高野連の幹部たちに求められるものではないのか。」

 

なんて具合でしょうか。「矛盾」をつくにはとても有効です。

あるいは逆説(パラドクス…矛盾しながらもひとつの事実となっている)として論じてもよいでしょう。

いたずらに字数をかせごうとして「Aだし、Bだし、Cだし、Dだし、…」と、「事がら」をただ羅列するぐらいなら、「一方/他方」を用いて一つの事がらをより深く分析した方がはるかにいい、その点でも、ぜひ身につけておきたい論じ方の一つです。「論=一本の糸」を断ち切ることなく論じていけます。「A/B」両側面をしっかり分析する、気がついたら千字ぐらい書いていた、というのが理想です。

現代文の問題にもよくなるところです。一つの事がらの二つの側面について述べていたら「一方」または「他方」が入るでしょう。

「矛盾」「逆説」の説明問題、記述で出されたときにも有効な表現です。「一方で~しておきながら、他方で~していること。」なんて解答文を書くと、採点者は思わずマルをあげたくなるものです。

 
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【2007/09/07 17:29】 | 現代文・小論文の基礎 | トラックバック(0) | コメント(0)
大学入試 基礎講座 『現代文・小論文の基礎』 其の十六
「接続関係」 〈話題転換〉

自分が論じている話題を転じる時に、「ところで、」を使います。口語表現なら「さて、」江戸っ子なら「時に、」なんて使うとオシャレですね。

 

話題A。ところで、話題B。 … 話題転換

 

小論文の問題点は一点、それに対する結論は一点、と述べてきました。ですから、話題を転じるのはよいのですが、問題点が二つになってはいけません。問題点が二つあるなら、別の論文として論じなくてはいけません。

では、どのように話題転換を用いるべきか。

「論」とは、すなわち「すじみち」、一本の糸のようなものです。話題を転じても、その一本の糸を断ち切ってはいけません。せっかくそこまで論じてきたことが台無しになってしまいます。その糸を断ち切らないためには、話題を転じても、そこから何か共通点を引っ張り出してくることです。

 

日本=

ところで、アメリカ=A´

日米=(共通点の抽出)

 

「ところで」で話題を転じても、意見内容「A」は共通します。よって、「A」という意見はそれだけ普遍性、妥当性をもつ、つまり、説得力をもつということです。

話題転換を用いて共通点を抽出、というのは、受験生には少し難しい、高等テクニックですが、使いこなせばかなりポイントが高くなりますね。

それなのに、字数を稼ぐために、いたずらに話題転換を用いている受験生のなんと多いことか…トホホ。えてして問題点が二つになって、「論」はあさっての方向にむかってフェイドアウト、なんてことになります。字数稼ぎのために話題転換してはいけませんよ!

現代文の虫食い問題にもよくなります。だいたい段落のアタマにきますが、前後で話題が変わっていたら、「ところで」を入れてください。

 
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【2007/09/06 15:05】 | 現代文・小論文の基礎 | トラックバック(0) | コメント(0)
大学入試 基礎講座 『現代文・小論文の基礎』 其の十五
「接続関係」 〈例示〉

自分の意見内容を具体的事例に置き換えてやると、とてもわかりやすくなります。それが例示です。また、具体的事実に即した意見内容なら、それだけ説得力も増します。

 

A(自分の意見)。例えば、B(具体的事例)。

 

「A=B」、前後はイコール関係、同類項です。具体例は「時間軸」「空間軸」から探してきます。

「時間軸」とは「通時的」といわれるもの、わかりやすく言えば「歴史」です。日本史選択の人は「日本史」から、世界史選択の人は「世界史」から、はまった具体例をひっぱってきましょう。

「バブル経済崩壊の背後には弛緩しきった思い上がりがあった。例えば、おごれる平家が~」

「美しい国づくり、といった国民の生活を無視した、理念ばかりが先行する政策が実を結ぶとは考えられない。例えば、中国の文化大革命において~」

なんて感じでしょうか。その点、歴史が得意な人はかなり有利ですから、具体例に使わない手はありません。

「空間軸」とは「共時的」といわれるもの、同じ空間って、時間は共通して流れていますね。わかりやすく言えば「ニュース」です。同時代の、誰もが知っている事件を引き合いに出します。

「思いやりとは、相手の立場を中心にして考えるべきものであり、自分の立場を中心にして考え、相手に押し付けるべきものではない。例えば、自由と民主主義を与えてやる、といった、アメリカの自国中心の思いやりは、結局、新たな恨みを生み、次なるテロの温床を作り出してしまった。」

なんて具合でしょうか。だから、入試で小論文がある人は普段からニュースにはアンテナをはっておく必要があります。

大学受験レベルの小論文なら「はまった具体例」をあげるだけで、かなりのレベルまでいけるはずです。上位の1/10に入るのは、それだけでは難しいでしょうが、少なくとも下位の3/10には入らずにすむのではないでしょうか。

と、現代文の虫食い問題でよく出されますね。空欄の下に具体的事例がきていたら、「例えば」が入ります。

 
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【2007/09/05 16:17】 | 現代文・小論文の基礎 | トラックバック(1) | コメント(0)
大学入試 基礎講座 『現代文・小論文の基礎』 其の十四
「接続関係」 〈抑揚〉

「強・弱」をつける表現といったら、なんといっても「抑揚表現」がその典型です。「程度が軽いもの」でいったん「抑(おさ)え」ておいてから、「程度の重いもの」を「揚(あ)げ」ていきます。

 

A(程度の軽いもの)でさえ

ましてB(程度の重いもの)はなおさらだ。

 

古文の「類推」、漢文の「抑揚」が同じ表現です。「古文の基礎」で一度述べましたが、もう一度確認しておきましょう。


 

【古文】

類推の構文 …

 だに(すら)まして 

でさえましてやはなおさらだ。)

 

【漢文】

抑揚型 … 

 且  

 スラ且(か)ツ況(いはん)ヤ  ヲヤ

でさえなのだから、ましてにおいてはなおさらだ。)

 

いずれにしても、「」という点(ここを確認するのがミソ!)で、「A=程度の軽いもの」、「B=程度の重いもの」というのは同じです。「A=B」、両者はイコール関係、同類項ですが、AよりもBの方が「」という点において程度が重くなっていきます。「弱―強」のリズムで「B」を強調する「強調表現」という点では、前回やった「添加」と同様の表現といえます。具体例に即して見てみましょうか。

 

【具体的事例】

夏の高校野球、地方予選。ノーアウト満塁、一打逆転の大チャンス。打順は四番、ところがストレートど真ん中を見送り三振、選手は頭をかきながらベンチに帰ってきます。さあ、監督はカンカンに怒っています。

「バカヤロー!あんなタマ、小学生でさえ打てるぞ!!」

 

ここで監督が何を言いたいのか「類推」してみましょう。

(ストレートを)打ち返す」という点で、「小学生」は程度が軽いのがわかりますね。まだヒヨッコですから、打てないこともよくあります。でも、さんざんバッティングの練習を積んできた高校球児がストレートをきっちりセンター方向に打ち返すのはあたりまえ、程度が重いのです。

「あんなタマ、(打つ程度が軽い)小学生でさえ打てるぞ!まして(打つ程度が重い)高校生なら打つのはなおさらだ、当然だ、言うまでもない!」

と監督は言おうとしているわけです。

「程度の軽いもの=抑」「程度の重いもの=揚」だから、「抑揚表現」。「程度の軽いもの」だけいえば「程度の重いもの」は自然に類推できるので「類推表現」、言い方はちがっても構文の機能は同じです。この「機能」をおさえてしまうのがこれらの構文を理解するポイントでしたね。

現代文の副詞の虫食いで、「まして」がよく出たりします。空欄の前後が「程度の軽/重」の関係になっていたら、「まして」が入ります。

小論文において、この抑揚表現を使って、「まして、自分の意見は当然だ」と、強調できるようなら、とてもすばらしいですね。

古文の説話や、漢文の教訓話、本文末のいちばんおいしいところによく用いられる表現です。だって「強調表現」ですからね。ほぼ、間違いなく設問になるでしょう。しかも配点は高い。オイシすぎます!!

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【2007/09/04 15:59】 | 現代文・小論文の基礎 | トラックバック(0) | コメント(0)
大学入試 基礎講座 『現代文・小論文の基礎』 其の十三
「接続関係」 〈添加〉

ボクシングで「1(左ストレート)―2(右ストレート)」で攻撃するとしましょう。ボクシングのキホンの「キ」ですね。その時、「ワン(速く浅く)―ツー(速く浅く)」―「ワン(速く浅く)―ツー(速く浅く)」と打って三回目に「ワン(速く浅く)―ツー(強く深く)」なんて攻撃を仕掛けると、最後の「キメ」の右ストレートが決まったりします。

で、何を言いたいかというと、ボクシングがリズムの勝負であるように、文章も最後はリズムの勝負だということです。ちょっと高等テクニックになりますが…。

 

「Aだし、Bだし、Cだし、Dだし…」

はダメだって言いましたね。ところが、ほとんどの受験生が字数稼ぎのためにやってしまいます。「自分の意見を主張すること」が主目的であるはずなのに、「字数をうめること」自体が目的になってしまっている、典型的な優先順位の誤解です。

そこで、文章の中に「強―弱」を入れてリズムをつくっていきましょう。「添加」の表現はそのテクニックの一つです。

「Aだけではなく、その上さらにBまでもが~。」

ホラ、「A―B」と単純接続でつなげると平板になる文章も、添加「さらに」を入れるだけで「A(弱)―B(強)」のリズムができた。上記の「1―2」打ちと似ているでしょ?当然「B(強)」はフィニッシュパンチ、しっかり「キメ」なくてはいけません。

 

A~。さらにB~。 …A()―B(

 

「A」は「B」を強調するための「前フリ」、「B」は強調、自分の意見を明示します。

以前、『古文の基礎』で展開していますが、もう一度「古文」「漢文」も確認しておきましょう。


 

【古文】

 

添加の構文 … A~、Bさへ~ = (Aが~、Bまでも~)

 

※「さへ」は添加で「までも」と訳すこと。「さえ・までも」と覚えましょう。

前の内容「A」に対して、「Aばかりでなく、その上さらにB~」と、「B」の内容を付け加える表現です。何に何を加えているのか、「A」と「B」の内容を確認するのがミソです。

 

【漢文】


累加型 …

不唯A、B = 唯(た)ダニノミナラズ、B~)

不独A、B = 独リノミナラズ、B~)

(Aだけでなく、その上さらにまでもが~)


※限定型「唯A」(唯ダAノミ~)、「独A」(独リAノミ~)に否定詞「不」「非」が付いたら累加型。限定型と累加型とをセットにしておさえましょう。「Aだけ」なら限定型、「A」に「さらにB」を加えると累加型です。

 

以上、「ただAだけでなく、その上さらにBまでもが~」と、現代文(小論文)、古文、漢文ともに「添加」する機能は同じですね。この通底する「機能」そのものをおさえてしまえば、古文の添加の構文、漢文の累加型、ともに理解は早いのです。

「A=B」、前後は同類項ですが、「B」の方が強い、「加える表現」でありながら「強調する表現」であることは、現代文を読解する上でも知っていてソンはありません。

 
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【2007/09/03 14:51】 | 現代文・小論文の基礎 | トラックバック(0) | コメント(0)
しり上がり通信 其の五
<天神さまを担ぐ>

先日、八月二十六日(日)は天神さまのお祭り、墨田区は錦糸町におもむき、町内神輿を担がせていただきました。「亀戸天神」とはいうものの、実はお隣の錦糸町の方が氏子が多かったりするわけです。

ところがところだけに、背中、全身にイラストが入っておられる方が数多(あまた)いらっしゃって、私、少々ビビッてしまいました。いっしょにお神輿担いでいる前の方の袖口からチラチラ、その、見えるわけなんですね。

で、つらつら刺青(いれずみ)の歴史を考えてみるわけでした。

もともと身体に刺青を入れるのにはそれなりにわけがあったはずです。

人体を構造としてとらえた時、もっとも無防備なのは「背中」です。だから、アメリカ西部のガンマン、日本の侍、ともに、背面からの攻撃はご法度、「ヒキョー者」の烙印を押されたわけです。体幹部、腕、足、の構造を見ても、すべて前面に対応するようにできています。背中をポリポリかく、あのまどろっこしさを考えればわかるのですが、背面には対応できないのです。

で、刺青なのです。

その身体を危険にさらす人たちは、背面からの攻撃をもっとも恐れたことでしょう。

町火消といわれた、もっぱら鳶(とび)などの解体業に従事した人は、文字どおり、火の中に飛び込んで家屋を解体していきました。前面から飛びかかってくる火の粉ははらえても、背中は無防備、で、背中を守るために「水」に関するものを背中に描いて守ろうとしたのです。水の神である「龍」、その前の姿として「鯉」、あるいは「水神=弁天さま」とか、「蛇」とか。

あるいは、しょっちゅう「きったはった」の世界に生きていた人たちは、背中に「菩薩さま」などを描いたりして。ケンカの時に、まずまっ先にもろ肌ぬぎになるのは、何も露出趣味なのではなくて、「どうだ、オレは斬れても、菩薩さまは斬れめえ」ってなことで、背面防備のためだったんですね。

さらにさらに歴史をさかのぼれば、アイヌ民族を末裔とする北方モンゴロイドたちは、口のまわりなどに刺青を入れて、「魔」が入るのを防いできました。まあ、刺青を入れるということは、成人儀礼(イニシエーション)だったのでしょうが、刺青入れて一人前、みたいなことだったのでしょう。

なんてことを考えながら、炎天下、ワシワシお神輿を担いでおりました。

お神輿一つ担ぐのにも、数万年スパンの人類の歴史がチラチラと、すき見えたのでした。

 
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【2007/09/02 19:11】 | しり上がり通信 | トラックバック(1) | コメント(0)
大学入試 基礎講座 『現代文・小論文の基礎』 其の十二
「接続関係」 〈並列〉

小論文を書く、あるいは慶応大学などの要約系の問題、国立大学二次試験の記述系の問題、これらすべてに共通していえるポイントは「接続関係」を明示することです。だから『現代文・小論文の基礎』として展開しているわけです。受験生に要約文や記述問題を書かせると、まず、本文中のネタをチェックしていきます…、それはいい、ところが記述する際に、それらをチョキチョキ切り出して、ペタペタ貼り付ける、いわゆる「切り貼り」型の解答文を書いてしまう。心当たりはないでしょうか?

設問で求めている内容はおさえている、ネタは確かに正しい、でも、解答文全体が何を言っているのか意味不明、結果的には、残念ながら零点の解答になってしまいます。実にもったいないですね。

ここで抜け落ちているのは上記の「接続関係」の視点です。採点者の立場に立てば容易にわかることなのですが、正しい接続関係を用いているものは、ほぼ間違いなく書けています。というか、接続をたどるだけで書いてある内容がほぼわかります。じっくり読まなくても、パッとみて「マル」とスムーズに採点が進みます。反対に、じっくり読んでしまう解答文というのは、何かしら減点対象が含まれているということを意味します。「接続関係の明示」、これを肝に銘じてください。

 

今回は「並列関係」について考えてみましょう。

「Aである。Bである。」とただ並べると、「A」の内容と「B」の内容がどのような関係なのか、読者が自分で位置づけしなくてはなりません。でも「Aである。またBである。」と「また」を入れてつなげれば、前後の「A」と「B」は並列関係、同じ資格をもっているのだということがイッパツでわかります。読者にとって文章表現がわかりよい、ということは、読者はあなたの意見を読み取ることに集中できます。たかだか「並列」といってあなどれません。

 

Aである。またBである。 … ただの並列、論は展開していない。

 

ふだん小難しい現代文を読んでいると、小論文は小難しく書けば立派な論になるのだ、と受験生は思いがちですが、それは奇跡的な誤解です。小論文は中身で勝負、文章表現はわかりやすいほどよい、ということを肝に銘じましょう。



【漢文】

漢文の「また」も見ておきましょうか。「亦」「復」「又」と、どれも「また」と読みますが、基本的な意味が異なります。

 

1.亦=やはり、また … 主語が変わって、述語は同じ。

主語(A1)+述語(B1)。主語(A2) モ亦(ま)タ 述語(B1)

例 われ、めし食ふ。彼モ亦タめし食ふ。

 

2.復=ふたたび、また … 同じ主語、述語の反復。

主語(A1)+述語(B1)。主語(A1) 復(ま)タ 述語(B1)

例 われ、めし食ふ。われ、復タめし食ふ。

 

3.又=さらに、また … 主語が同じで、述語が変わる。

主語(A1)+述語(B1)。主語(A1) 又(また) 述語(B2)

例 われ、めし食ふ。われ、おやつ食ふ。

 

1.は「モマタ」、2.は「マタマタ」、3.は「サラマタ」と覚えるとよいでしょう。全ておさえておくとけっこう読解に使えるものですが、なんと言ってもきかれるのは「モマタ」ですから、1.だけでよいのでおさえましょう。虫食い問題で問われます。「モ( )」で、選択肢に「亦」「復」「又」が入っている、というものです。直前に「モ」があったら「亦」ですよ!

 
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【2007/09/01 14:56】 | 現代文・小論文の基礎 | トラックバック(0) | コメント(0)
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谷村 長敬(たにむら ちょうけい)

Author:谷村 長敬(たにむら ちょうけい)
1965年生まれ。立教大学大学院修士課程修了。在学中、赤坂憲雄先生に師事。院生による共著に『「注文の多い料理店」考』。お茶の水ゼミナールで国語全般担当。テキスト(現代文・古文)、小テスト(年間3000点分)の作成にたずさわる。2006年、「ワークショップ フットプリンツ」創業。現代文と小論文を並行して演習する講座をはじめる。趣味はスキー。

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